亡くなった息子が見たかったのは、母の笑顔

◆愛されなかった経験を繰り返さないために……

 

現代社会は、人と人との心のつながりが希薄になったように感じます。
それは他人同士であれ、親子であれ……。

かつて、物質的に豊かではなかった時代においては、誰もが自然に親しみ、
子ども   は泥だらけになりながら、自然の中で遊びを見つけ出し、
豊かな感性を身につけながら育ちました。

そして、「お天道様は見ている」の言葉のごとく、目に見えないものを敬うという
信仰心が自然に身についたため、親子の絆を大切にし、親を尊敬し、
また、親も我が子を愛し、他人を大切にする中で、相手を思いやる気持ちや助け合う気持ち、
人を尊重する気持ちにあふれていました。

 

しかし、戦後、高度成長期を迎え、目に見えないものを敬う気持ちが薄れ、

モノが多くなる一方、競争により平等性がなくなり、格差が開いてくると、心は病み、
ストレスがたまり、鬱となり、周りのこと、家族のこと、自分のことでさえ考える余裕がなくなっていきました。

そして「ネグレクト」や「虐待」という、家族を傷つける行為ですら、
珍しいことではなくなってしまいました。

 

ただ、昔から変わらないものもあります。

物質的な豊かさに反し、荒んだ心の人が増えてしまった時代になっても変わらないのは、

「子が親を想う気持ち」です。

 

そう、「親が子を想う気持ち」でなく、「子が親を想う気持ち」
は変わらないのです。

 

何があろうが、子どもはお母さんが大好き。
いつもお母さんに愛されたいのです。
たとえ虐待されても、ネグレクトされても、お母さんを恨まず、
「お母さんがそのようにするのは、私が悪いからなんだ……」
と自分を責め、それでも愛されたいという気持ちで母を求め続けます。

 

ただ、「母から子に対する想い」には変化が見られます。

 

それは、幼少期より母自身が虐待やネグレクトを経験するなど、
利己的、刹那的な親に育てられて成長し、そして、自分が母になったとき、
今度はどのように母として我が子を愛せばよいのかわからない母親が増えているからです。

 

自分が与えてもらえなかった愛情を、どのように我が子に与えてよいのかわからないのです。
高度成長期以降、モノがあふれた時代となり、その「物質的価値観による格差」
という時代性が引き起こした悲しい現実です。

 

私のところにも、多くの方が悩み、相談にいらっしゃいます。

3年前の春、カウンセリングに訪れた由美子さんも、そのひとり。

 

当時の由美子さんは、憔悴し、生きる気力を失っている様子でした。

その春より大学進学が決まっていた息子さんが、悲しくも自ら命を絶たれてしまったためです。

大切な息子さんを失った由美子さんは、何か息子さんの気持ちを知る手立てはないものかと、
私の元を訪れました。

お話を伺うと、亡くなった息子さんはとても優しく、しっかりしていて、
何でもできるお子さんで、大学も、由美子さんの期待通りに国立の医学部に現役で合格し、
本人もとても喜んでいたのだそうです。

なのに、なぜこんなことに……と。

 

私は息子さんからの何かしらのメッセージが伝えられればと、
息子さんとの霊能力を用いて交信を始めました。

息子さんは、まだきちんと成仏することができておらず、悲しい表情でうつむいていました。
私が交信を試みても、彼からのメッセージや応答はありません。
私の声が、彼には届かなかったのです。ただただ、悲痛な表情でうつむいています。

 

息子さんのお名前は、翔平君といいます。翔平君の魂は闇の中に……。

けれども、翔平君のそばには、彼の守護霊がそっと寄り添って見守ってくれていました。
ですが、翔平君自身は、その守護霊の存在に気づいていません。

彼は、自責の念で苦しんでいるのです。その心が、彼を闇にしてしまっていました。
私が、何とか翔平君とコンタクトが取れないものか……と考えていた矢先、突然、翔平君の守護霊よりメッセージが届きました。

翔平君には、自分自身でメッセージを送る力がないため、
守護霊が翔平君の気持ち  を代弁するかのように、メッセージを送ってきたのです。

そのメッセージには、まるで映画のスクリーンを見ているかのように、
さまざまな情景が映し出されていました。

 

翔平君が、まだ幼稚園児くらいのときの映像です。

お母さんが大好きで、いつも、いつも、お母さんの喜んでくれる顔を見たくて、
小さいのに一生懸命、いろいろなことを頑張っているお子さんでした。

幼稚園で絵を描くときにも、「お母さんに見せて喜んでもらいたい!」、運動会で1位になったときにも、
「お母さんに喜んでもらいたい!」と。

翔平君は、いつもそんな想いで、お母さんのために頑張ってきたのです。   まず、最初に受け取った、こうしたビジョンを由美子さんに伝えました。

 

「はい、そうなんです。息子は、いつも、何でも一生懸命に頑張る子でした」

 

そう言うと、由美子さんは大粒の涙をこぼし、うつむいてしまいました。

少しずつ、翔平君の気持ちが私とダイレクトにつながり始め、私は受け取ったメッセージを、
引き続き、由美子さんに伝えました。

 

「お母さんが、運動会で頑張ったね!   と喜んでくれて、とても嬉しかった。     
でも、だんだんお母さんは笑わなくなった。それが悲しかったよ。

でも、また笑ってほしい。運動会のときみたいに、たくさん笑ってほしかった。     
でも、もう僕にはそれができないと思った。

ごめんね、お母さんを元気にすることが、僕にはやっぱりできなかった。 ごめんね、ごめんね……」

 

このような翔平君の気持ちが届きました。

ずっと翔平君は、このような気持ちで生きてきたようでした。

メッセージを由美子さんに伝えると、大粒の涙から号泣に変わり、やがて、少し落ち着いてから、
このメッセージの意味について、経緯を話し始めました。

 

「息子の言っていること、わかります。とてもよく、わかります。

亡くなった息子が幼稚園に入った頃までは、私たちは、とても幸せでした。

主人と私と息子と。そして弟も生まれ、4人で暮らしていました。でも、幸せを感 じていたのは、ほんの数年。

下の子が生まれ、私は育児ノイローゼになってしまいました。
上の子は手がかからなかったのに、下の子は癎の虫がとても強くて、ヒステリーのように毎日泣きまくります。私もつい、自分のストレスから、上の子に八つ当たり……」

 

由美子さんは、しばらく無言となり、また涙をこぼしました。

 

「実は、息子が幼稚園で描いた絵を、私に『見て、見て』と言ってきました。そのとき、下の子が泣きやまなくて、私のイライラは頂点でした。それでも息子は、『ママ、見て見て!』と、しつこく言ってきて……。

私、つい、『うるさい!』と息子の絵を取り上げ、目の前で破いてしまったんです。 その後、息子は破れた絵を黙って拾い、一生懸命セロハンテープで貼っていました……」

 

そう言うと、由美子さんは再び号泣しました。

 

「その後、私と主人は離婚しました。理由は、主人の浮気です。その当時、
私は育児ノイローゼと主人が家に戻らなくなったストレスを上の息子にぶつけてしまい、
実は……暴力を振るってしまっていたんです。

私が小さい頃、私の父は、いつも母と喧嘩していました。父には浮気をしている女    性がいて、私はその愚痴を母から聞かされ続けていました。

そして母は、いつしか私に暴力を振るい始めました。殴りながら、こう言うんです。

『お前のせいで、お父さんは女をつくったんだ!』

私は、どうして私のせいなのか、わかりませんでした。

でも、そう言われ続けることで、『私が悪いんだ』と思って生きてきました。
母に殴られても殴られても、母に愛してほしかったから……。

母はその後、自ら命を絶ちました。

母の亡骸を見て、私は自分を責めました。『お母さんが死んだのは、私のせいなんだ』と……」

 

由美子さんは、自分のせいで母親が亡くなったのだと考え、ずっと苦しい想いを抱えてきたのです。

 

「その後、何と父は浮気相手の女性と結婚して、中学生だった私は、父とその女性と一緒に暮らすことになりました。母にはあんなにつらく当たっていた父が、その女性にはニコニコしている姿を見るだけで、私は吐き気がしました。私は、新しく母になったその女性に、まるで自分が存在していないかのように無視され続けました。

高校卒業後、看護の学校に行き、居場所のなかった自宅を出て一人暮らしを始め、看護師の道を歩き始めました。そして、数年後、職場で知り合った医師の男性と結婚しました。それが離婚した夫、子どもたちの父親です。

しかし、主人は、私の父のように浮気をし、私たち家族を捨て、去っていきました。
私は主人への憎しみが消えませんでした。

とても恨みました。

その後、私は、2人の子どもを抱えて生活してきたけれど、離婚をきっかけに、自分の幼少時代のことが、いつも頭から離れなくなり、自分が母にされてきたことと同じことを……。暴力と虐待、ネグレクトを……、特に上の子にしてしまいました」

 

由美子さんは、涙を流し続けていました。

 

「それでも息子は、とても優秀で、勉強はいつも学年トップ、絵画展では、いつも賞を取っていました。友達もたくさんいました。

でも、そんな息子に、私は、こんなことを言ってしまったのです。

『お父さんが女をつくったから、お母さんはこうなってしまったの。だからあなたは絶対に憎いお父さんを超えなさい!   そうでなければ、お母さんは嬉しくない!   それがお父さんへの復讐なの!』

自分が母からされたことと同じことを、息子にしていたのです……」

 

だから、「お父さんを超えることが、お母さんを喜ばせること」、そう翔平君は思っていたのです。

 

しかし、お父さんは医師です。お父さんを超えるというハードルは、非常に高かったはずです。
でも、翔平君は、「お母さんの笑顔を見たい」「お母さんを喜ばせたい」と、その一心で、
お父さんを超えるために一生懸命勉強を頑張ってきたのでしょう。

そして、翔平君は、お父さんを超えました。

国内トップの国立大医学部に、なんと、現役合格したのです。由美子さんはポツリと言いました。

「息子が合格して、私は本当に嬉しかった。でも、その心とは裏腹に、合格を喜んで伝えてきた息子に、ひどいことを言ってしまったんです」

 

由美子さんは、言いにくそうにしていましたが、しばらくして、口を開きました。

 

「あなたも、お父さんと同じ道を進むんだね、憎いお父さんのようになるんだね」と。

由美子さんは、息子さんを追い込んでしまったのは私だと言って、テーブルに顔を伏せて号泣されました。

翔平君は自分のできるすべてを尽くしても、お母さんを喜ばすことができなかったことに、ひどく絶望したのでしょう。

 

「お母さんに、また笑ってほしかった。でも、もう自分にはそれができないと思った。
ごめんね、お母さんを元気にすることが、僕にはやっぱりできなかった。ごめんね、ごめんね……」

 

そのとき、守護霊よりメッセージが届きました。

 

「息子の親を想う気持ち、親への愛を一番の形で返すのは、母であるあなたが、心から笑顔で生きること。
自分を責める気持ちで生き続けても息子が苦しむだけ」

 

私は伝えました。

 

「息子さんは、お母さんに笑ってほしかったって。だから、笑って生きることが一番の供養で、早く成仏させてあげられますよ。今はまだ無理かもしれないけど、息子さんが一番望んでいたことをお母さんがすることが、息子さんの死を無駄にしないもの となりますよ」

 

「息子が一番、望んでいたこと?」

 

「そうです。お母さんが笑顔で生きる姿を見せることです」

 

そう伝えて、カウンセリングは終了となりました。

その後、しばらくして、由美子さんからメールが来ました。

 

「私、笑顔で生きるように頑張ります。息子のために。

先日、息子が夢に出てきたんです。幼稚園のとき、私が破った絵、あのセロハンテープで貼った絵を、私に笑顔で見せてきたんですよ。

その絵は何だったと思いますか?   私が笑っている絵だったんです」

 

その後、由美子さんは、ご家族を失った方の心をケアするカウンセラーになりたい    と、私の講座を受けてくださり、ほかの講座でも、グリーフケア(大切な人を死別で失った人の心のサポートなど)の資格を学んだりしました。

そして、それから一年後、由美子さんが、私のカウンセリングに再度訪れて、嬉しい報告をしてくださいました。

由美子さんは現在、グリーフケアのカウンセラーとして活動しつつ、NPO団体でも、お子さんを亡くした家族の方のケアを行っているのだとか。

息子さんも今は成仏されて、お母さまの活動を喜んで見守り続けていることでしょう。

 

 

◆家族の良い思い出は、新たにインストールできるもの

 

子が母を想う気持ちは、とても大きなものです。 子どもは、お母さんにたくさん愛されたいのです。
しかし、自分が母という立場になったときに、自分自身が自分の親に愛されてこなかったという思いを引きずってしまうと、愛されなかった自分は、愛し方がわからない……と、母としての心が成長できなくなります。

こうした思いが暴力や虐待、ネグレクトなどの行為の親子間連鎖となって繰り返されていく原因となり、自分が親にされてきたことと同じことを、大切な我が子にしてしまうのです。

でも、その心の成長を止めているのは、自分自身でもあるのです。
親子間連鎖を止めることは、十分に可能です。

 

◆負の親子間連鎖を止めるためには?

「家族はロールプレイ」です。

自分自身が子どもだった頃に体験した「家族」は、今の自分の家族で再現されます。

だから母親に愛情を感じながらしてもらったことは、自分が母になったとき、子どもに同じことをしてあげることができます。

 

一方で、「私は親に何もしてもらってない」「良い思い出なんかない」「つらいことしかなかった」という方もいらっしゃるでしょう。

そう思うのであれば、自分が新しく作り出していけばよいのです。

自分がしてほしかったこと、友達の母親を見て羨ましいと思ったこと、自分がしてもらえなくて悲しかったことなど、そうしたことを、自分の子どもにしてあげてください。

過去ではなく、今、目の前にいる自分の家族との関わりを見直すことで、自分の親からつながる負の親子間連鎖を断ち切ることができるのです。

あなたが作り上げた家族の良い思い出は、あなたから子どもへ、子どもからまたその子どもへと、良い連鎖として受け継がれていきます。良い思い出が、どんどんインストールされていきます。

 

あなたが今の家族に大切に接しながら、たくさんの思い出や感動を作ることで、本来の幸せになるべき姿を考え、受け入れ、今までの自分を修正していくことが できるのです。あなた自身も、自分らしく生きられるようになるのです。

自分を大切に、自分らしく生きることが家族に良い影響を与えられる

「自分らしく生きる」ということは、「自分の好き勝手に生きる」ということではありません。
つらさも嬉しさも含め、周りをしっかりと見つめて生きることです。

現実から目をそらすのではなく、現実をしっかり受け入れることで、そこから学び取り、自分の生きていくためのプロセスを構築していくことこそが、「自分らしく生きられる」ということにつながります。

 

それはつまり、「自分を大切にすること」でもあります。

だから、家族や子どもにも良い連鎖が起こるようになるのです。

 

幼少期の悲しい思い出があっても、今の自分を大切にすれば、あなたの家族や子どもたちは、
必ず幸せを感じることができるのです。

ですから、過去にとらわれず、一生懸命に、新たな「思い出」を作ってください

 

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