【実話】亡き息子より・・母の笑顔が見たくて ~子供はお母さんが大好きです~

現代社会は心の繋がりが希薄になったように感じます。

戦前は、人と人の繋がりや相手を思いやる気持ちが強かった。
物質的に豊かでは無かった時代だけど、
自然の中で飛び回り、遊びもその中で自分で見つけ、
川遊びで泥だらけになり、感性も豊かだったことでしょう。

「お天道様は見ている」の言葉のごとく、
目に見ないものを敬うと言う信仰心が自然に心に身に着いていたこの時代。
親子の絆を大切にし、親を尊敬し、我が子を愛し、
他人を大切にする中で思いやる気持ち、助け合う気持ち、人を尊重する気持ちは育んで行っていたのでしょう。

戦後、高度成長期を迎え、
目に見えないものを敬う気持ちが薄れ、物質が多くなる一方、
競争により平等性が開いて来ると、心は病み、ストレスが溜まり、鬱になり、自分のことで精一杯となり、周りの事、家族の事、自分の事でさえ考える余裕が無くなり、ネグレクト、虐待と言う、戦前には無かった、家族を傷つけると言う時代が到来してしまいました。
物質的に豊かになる事に対し、心はどんどん荒んで利己的主義と刹那的生き方の人が多くなりました。
この様な時代になっても、変わらない事は、

「子が親を思う気持ち」です。

何があっても、子供はお母さんが大好きで、いつもお母さんに愛されたいです。

たとえ、虐待されても、ネグレクトされても、お母さんを恨まず、
「お母さんがそのようにするのは私が悪いんだ」と自分を責め、
それでも愛されたい気持ちで一杯なんです。

時代が変わっても、子の母に対する気持ちは変わらずにいても、
母の子に対する思いは変わりました。

それは、虐待、ネグレクト、利己的、刹那的な母に育てられ成長し、
そして、自分が母になった時、どの様に、母として我が子を愛せばよいのか分からないのです。

自分が与えられなかったものは、どの様に我が子に与えていいの分かりません。


高度成長期以降、この様な時代となり、その時代性が引き起こした悲しくも、愛のある、私のカウンセリングの実話をお話したいと思います。

3年前の春、Kさんが、カウンセリングに訪れました。

この春より大学進学の決まっていた息子さんが、自ら命を絶たれて、大きな悲しみの中、何か息子と話は出来ないか、と言うご相談でした。

お話を伺うと、とても優しく、しっかりした何でも出来るお子さんで、
大学も親の期待通り優秀な国立に合格をして、本人も喜んでいたのに、何故こんなことに・・・と、
大変に憔悴しておりました。

私も、カウンセラーとして、お子様を亡くされたお話を伺うのはとても辛く悲しい気持ちとなります。
何かメッセージが伝えられれば・・・と霊界交信を取り始めました。

息子さんは、まだきちんと成仏する事が出来ておらず、悲しい表情でうつむいていました。
私は交信を試みたところ、彼からのメッセージはありません。
私の声掛けが彼には届いていないのです。

※ここからはA君と書きます

A君は辛い闇の中。
しかし、A君のそばには、そっと彼の守護霊様が寄り添って見守ってくれていました。
けれど、その守護霊の存在にも、A君は気づいていません・・
自責の念で苦しんでいるのです。
その心が、彼を闇にしてしまっていました。

このままではいけないと、私も方法を模索していたところ、突然、A君の守護霊様よりメッセージが届いてきました。

A君は自分自身でメッセージを送る力が無い為、守護霊様がA君の気持ちを代弁するかのように、様々なメッセージが送って来ました。
その会話の内容をまとめて書かせていただきます。
実際はもっと長いのですが、短くまとめています。

A君は、小さい時より、ずっとお母さんが大好きでした。
いつも、いつも、お母さんが喜んでくれる顔を見たくて、幼稚園で絵をかくのも、お母さんに見せて喜んでもらいたい、

運動会で1等になってお母さんに喜んでもらいたい、

100点とってお母さんに喜んでもらいたい。
いつもそう思って頑張って来たそうです。
運動会で頑張ったね!と、喜んでくれてとても嬉しかった。
でも、だんだんお母さんは笑わなくなった。
それが悲しかった。
でも、また笑ってほしい。
でも、もう自分にはそれが出来ないと思った。
ごめんね、お母さんを元気にする事が僕にはやっぱり出来なかった。

ごめんね、ごめんね・・・

そう何度もA君の気持ちが届きました
A君は、ずっとそのような気持ちで生きて来たようです。

まずは、この受け取ったメッセージをお母様に伝えました。

すると、お母様は号泣し、しばらくして落ち着てから、このメッセージの意味が分かり、
ご自身の経緯を話始めました

亡くなった息子さんが幼稚園までは、主人と、私と、息子と、そして弟が生まれ
幸せでした。

しかし、私が幸せと感じていたのは、ほんの数年。
下の子が 生まれ、私は育児ノイローゼとなっていました。
上の子は、何も手がかからないのに、下の子は感の虫がとても強くヒステリーの様に毎日泣きまくります。

私もつい、自分のストレスから、八つ当たりして・・・・。

実は、息子が、幼稚園で描いた絵を、私に見てと言って来ました。
その時、下の子が泣き止まなくて、私もイライラが頂点でした。
それでも、息子は、ママ見て見てと、しつこく言って来て・・・
私、つい、「うるさい!!」と息子の絵を取り上げて、
真っ二つに息子の目の前で破いてしまったんです。
その後、息子は破いた絵を、黙って拾い、
一生懸命セロテープで貼っていました。

そう言い、また号泣し始めました。
しばらくして、ご自身の経緯を話始めました。

その後、私と主人は離婚しました。
理由は主人が浮気をしました。
その時点で、私は育児ノイローゼと主人が家に戻らなくなっていて、そのストレスを、上の息子にぶつけていて、とても恥ずかしいのですが・・・・、
実は、虐待をしてしまっていたんです・・・・・。
実は・・・
私が小さい頃、私の父は、いつも母と喧嘩していました。
父は女性がいたそうで、私はその愚痴を母よりずっと聞かされ続けました。

母は、いつしか私に暴力を降り始めました。
いつも殴りながらこのように言うんです

「お前のせいで、お父さんは女を作ったんだ!」

私は、何で私のせいか分かりませんでした。
しかし、そういわれ続ける事で、私が悪いんだと思って生きて来ました。
母に殴られても、殴られても、お母さんに愛して欲しかった。

そう言いまた号泣し始めました
その後、お母様は、自ら命を絶たれたそうです。
学校から帰ってくるといつも家にいる母がいなく、夕方警察から電話がかかって来たそうです。
Kさんは、自分のせいで母が亡くなったんだと、ずっと苦しかったそうです。

その後、父は女性と結婚して、中学生になったKさんはその女性と一緒に暮らすことになったそうです。

しかし、その後、Kさんは、新しく母になったその女性にまるで自分が存在していないかのように無視され続けたそうです。
ネグレクトです。

高校卒業後、看護の学校に行きそして、その後職場で知り合った元ご主人様と結婚。

結婚したご主人さんは、医師だったそうですが、前述の通り、浮気をし、離婚に至ったそうです。
その後、二人の子供を抱え、生活してきたけど、離婚をきっかけに、自分の幼少期時代の事がいつも頭から離れなくなり、自分がされてきた事と同じこと
「暴力、虐待、ネグレクト」を
特に上のお子さんに行ってしまったようです。

しかし、息子さんはとても優秀で、勉強もいつも学年トップ、
絵画展とかはいつも賞を取ったり、友達もたくさんいて、そんな息子さんに、いつもこんな事を言ってしまっていたそうです。

「お父さんが女を作ったから、お母さんはこうなってしまったの、だからあなたは、絶対に憎いお父さんを越えなさい!!そうで無ければお母さんは嬉しくない!それがお父さんへの復讐なの!」

そう言い、また号泣されました。
自分が母に言われ続けたことと同じことを息子にしてしまった・・・と。

お父さんを越える事がお母さんを喜ばせる事・・・
お父さんは医師であります。
お父さんを越えると言うハードルは、非常に高いのです。
でも、A君は、お母さんの笑顔を見たい、
お母さんを喜ばせたいと、
お父さんを越える為に、一生懸命、一生懸命、勉強を頑張って来たのでしょう。

そして、A君は、お父さんを越えたんです。
トップの国立医学部に、何と現役合格したそうです!

お母様はポツリといいました・・

「でも、息子が合格しても、私は息子にひどい事を言ってしまいました・・・」
何と言ってしまったんですか?と私はお聞きしました。
言いにくそうにしながらも、しばらくして、

「あなたも、お父さんと同じ道を進むんだね、憎いお父さんの様になるんだね」と。

その後号泣する力も無くなり、テーブルに伏せた状態になってしまいました。
しばらくすると号泣・・・その繰り返し。

A君の前述で述べた言葉を再度・・・・

【でも、だんだんお母さんは笑わなくなった。
 それが悲しかった。
 でも、また笑ってほしい。
 でも、もう自分にはそれが出来ないと思った。
 ごめんね、お母さんを元気にする事が僕にはやっぱり出来なかった。
 ごめんね、ごめんね・・・】

お母さんは、「私が息子を追い込んでしまった・・・」と
その時守護霊様よりメッセージが来ました。

「安心しなさい、息子は私がきちんとそばについている。
 息子の親を思う気持ち、親への愛を一番の形で返すのは、母である貴方が心から笑顔で生きる事。
自分を責める気持ちで生き続けても、息子が苦しむだけ」

そして私も言いました。

「息子さんはお母さんに笑って欲しかったって。
だから、笑って生きる事が一番の供養で、早く成仏させてあげられますよ。
今はまだ無理かもしれないけど、一番息子さんが望んでいた事をお母さんがする事が、息子さんの死を無駄にしないものとなりますよ・・」

それでカウンセリングが終了となりました。

その後3ケ月ほどしてKさんよりメールが来ました。

「私、生きます。息子の為に。先日息子が夢に出て来たんです!
幼稚園の時、息子が私に書いた破った絵、あのセロテープで貼った絵です。
それを、私に笑顔で見せて来たんです。
その絵は何だったと思いますか?
私が笑っている絵だったんです!!」

その後、Kさんは、亡くなったご家族の為のカウンセラーになりたいと、私の講座を受けてくださり、他の講座でグリーフケアの資格を学んだりしました。

そして、昨年末、Kさんが、私のカウンセリングに再度訪れて下さりました。

そして嬉しい報告をしてくださりました。

「現在カウンセラーとして活動し、NPOでも、お子さんを亡くした家族方のケアを行っています!」と。

息子さんも今、きちんと成仏されて、
お母様の活動を喜んで見守り続けています。

私も、あらためて、この記事を書きながら、涙が溢れて来ました・・・

母子愛の話でした

※この記事は、Kさんがお越しくださった際に、
blogへの掲載の許可をとっております。

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