共感してもらった経験が、人の心を強くする

ある年の冬。ひとりの女性が私の霊視カウンセリングに訪れました。

その方は、美香さんという 40代前半の女性で、数カ月前に、息子の正明君(当時中学3年生)を自殺で亡くされ、大きな悲しみを抱えていました。

「こんなことになるなんて……。息子は、もう一年ほど前から学校に行きたくない、転校したいと訴えていました。

どうして私は息子の言葉に、もっと耳を傾けてあげられなかったのか……。

もっと話を聞いてあげれば、こんなことにならなかったのではないかと……」

我が子を自死で失った気持ちは、想像を絶するほどのつらさでしょう。

美香さんは、涙を流しながら自分を責めました。

「息子に謝りたいのです。ごめんね、お母さん、マー君の話、もっと聞いてあげればよかった。お母さんね、マー君に会いたいよ、何でお母さんより先に逝っちゃったの……。会いたい……」

泣き声で途切れ途切れになりながらも、ご自身の気持ちを息子さんに向かって語りかけました。

私は息子さんと交信を取り、お母さんへのメッセージを、そのときは自動書記という形で受け取りました。

自ら命を絶たれた場合は、霊のエネルギーが弱くなっているため、なかなかメッセージを受け取れないケースが多いのですが、今回は、息子さんから、はっきりと受け取ることができたのです。 

「母さん、ごめんね。何で母さんが謝るの? 僕、頑張れなかったよ。

僕は、もう死んじゃったの? でも、僕は自分の部屋にいるんだ。けれど、ここから出られないんだ。

僕には母さんの姿が見えているけど、母さんには僕の姿は見える?」

まず、ここまでを受け取り、美香さんに内容をお伝えしました。

美香さんは、驚いた様子で言いました。

「部屋から出られないなんて……。今、息子は自分の部屋にいるんですね。実は息子は、自分の部屋で亡くなったんです。

ごめんね、ごめんね、まだ自分の部屋にいたなんて、母さん気づいてあげられな かった。母さんにはマー君が見えないの、ごめんね。マー君、会いたいよ、母さん マー君に会いたいよ……」 

そう言って泣き崩れるお母さんの姿を目の前にして、私も、とてもつらい気持ちになりながら、正明君との交信を続けました。

正明君のそばには、守護霊が寄り添っています。

もういつでも向こうの世界へ連れていけるように準備はできているのですが、正明君に、まだはっきりと自分の死の自覚ができていないために、向こうに行けないという状況でした。

まずは、正明君に 「自分の死を自覚」させることが必要です。 

私はそのことを美香さんに伝えました。

「正明君は、まだ、はっきりと自分自身の死を自覚できていないので、自分の部屋から身動きがとれない状況です。今ここで、お母さんの美香さんから正明君に、『もうマー君は生きていないのよ、ちゃんと今いる部屋から出られるから、後ろを振り向いてちょうだい』と話しかけてあげてください。ちゃんと声は届きます。正明君の後ろには、ちゃんと守護霊の方がついていてくださっています。ですから、正明君にそのことを気づかせてあげてください」 

そう伝えると、美香さんは、一生懸命、何度も正明君に呼びかけました。

私は交信を取りながら、メッセージを受け取り続けます。

正明君は、とても寂しそうな表情でメッセージを伝えてきました。

「やっぱり、僕は死んじゃったんだね」

その後は、うつむき加減となり、正明君からの交信は途絶えました。

すると、正明君が亡くなる寸前のビジョンが、私の目の前に映し出されました。

それは、驚くべき内容でした。

正明君は、本気で命を絶とうとは思っていなかったのです。

お母さんが正明君の部屋に来るタイミングを見計らっていたようです。

でも、バランスを崩してしまい、思わぬ事態になってしまったのです。

私は、美香さんに本当のことを告げてよいものか一瞬悩みましたが、やはり伝えるべきことだと思って、美香さんに質問しました。

「お母さんは、いつも息子さんの部屋に行かれていましたか?」

 美香さんは、少し考えてから答えました。

「ええ、夕食の支度ができると息子の部屋に行き、『夕食ができたから、下に降りてきなさい』と声をかけていました」 

「息子さんが亡くなられた当日は?」

「あの日はたしか、夕飯の支度ができて、2階のマー君の部屋に呼びに行こうとしたら、電話が鳴ったので、慌てて階段の下から大きな声で、『マー君、夕飯ができたよ、 下に降りてきなさい』と声をかけ、電話に出ました。 電話は姉からで、話がかなり長引いてしまい、電話を切ってから、まだ下に降りてきていなかったマー君を呼びに2階に上がったのです。すると……、あのようなことになっていたんです」

「そうだったのですね。実は……、息子さん、本当に自分が死んでしまうなんて思っていなかったようです」

「ど、どういうことでしょうか?」

「お母さんに気にしてほしくて、振り向いてほしかったのでしょう。息子さんの精いっぱいのSOSでしょう。お母さんが部屋に呼びに来るのを待っていたんです。 ヒモを首に巻いた状態のマー君を、お母さんに見つけてもらいたかったのでしょう。そして、止めてもらいたかったんです。でも、体のバランスを崩してしまって、本当に亡くなってしまったのでしょう……」

続けて私が、正明君に声をかけました。

「正明君、本当は死のうなんて思ってなかったんだよね? つらかったね。今、自分の部屋から出られないよね、でもね、すぐにそこから出られて自由になれるから、 ちょっと後ろを振り向いてみて」 

しばらくの間、私は何度も正明君に、そのように話しかけていました。

正明君は、やっと後ろを振り返り、守護霊の方と、そして、すぐそばに迎えに来てくれている亡くなったお父様方のおばあちゃんの姿に気づきました。

その瞬間、彼のエネルギーがとても軽くなったのがわかりました。

これでやっと、向こうに行く準備が整ったのです。

そのことを美香さんにも伝えました。

「良かった。主人の母も迎えに来てくれたのですね。お義母さん、マー君をよろしくお願いします」

美香さんは涙しながらも、安堵した表情でした。 

さらに正明君は、美香さんにメッセージを伝えてきました。

 

「母さん、ごめんね、泣かないで。僕ね、母さんと『おいしいね』ってアイスクリームを一緒に食べたことが、すごく嬉しかったんだ。いつも楽しみだった」

 

美香さんに、このメッセージを伝えました。

「アイスクリーム……ですか?」

と言い、しばらく考え込んでいましたが、突然何かを思い出したようで、泣きながら、正明君に謝り始めたのでした。

 

「お母さんと一緒に食べたアイスクリーム」

「マー君ごめんね、ごめんね、母さん忘れてたよ。

アイスクリーム、一緒に食べたよね。おいしいねって、交換しながら食べたよね。

マー君、そんなことを嬉しく思ってくれていたんだね。

ごめんね、母さん、ずっと忙しくて、仕事ばかりで、マー君に何もしてあげられなかったよね。

でも、こんな些細なことを大切に思っていてくれたんだね。

本当にごめんなさい、ダメなお母さんだったね」

 

美香さんは泣きながら、何度も何度も正明君に謝っていました。

 

そしてしばらくして落ち着くと、経緯を話してくれました。

美香さんは、フルタイムで働き、毎日、家に帰り着くのは夜8時過ぎ。

旦那様は、やはり仕事が忙しく、夜中に帰宅することも頻繁で、ほとんど子どもたちと顔を合わせることがありません。

美香さん自身も仕事と家事に追われる日々の中で、子どもとの会話もあまりなく、慌ただしく毎日が過ぎていく状況……。

そのため、正明君の寂しい心のSOSに気づいてあげられなかったのだと。

それでも美香さんは、「子どもに不自由な思いをさせたくない」という気持ちが大きく、2人の子どもたちを塾に通わせたり、スイミングと柔道を習わせたり、教育に関しては熱心に考えていたそうです。

「勉強しなさい、スイミングは体が丈夫になるのよ、柔道で心も強くなりなさい、人に何でも負けてはダメ、それがあなたの幸せにつながるんだから。男の子なんだから大学に行って、良い会社に就職するのよ。そうしなければ、人生負けてしまうのよ」

と、口癖のように息子さんに言っていたそうです。

 

「私は……、教育的なことには熱心に気持ちが向いていたけども、今、思い返してみると、子どもたちを、どこかに遊びに連れていったこともなく、褒めてあげたこともなかったかも……。

人に負けてはダメ、そればかりで、マー君ときちんと会話をしたのがいつだったのか、思い出せないほどです……」

 

そして美香さんは、ハンカチで目頭を押さえながら、自分の幼少期の話を始めました。

 

「私は小さい頃から、母に『うちは貧乏だから、習い事はできないんだよ、大学も行かせられないから』と言われ続けてきました。

父が気持ちの弱い人で、心の病気があっ たので長く仕事を続けることができなくて、母もパートで休みなく働いていました。

だから私には、両親にどこかに連れていってもらったという記憶がまったくありません。

学校の友達からは、夏休みに家族で旅行に行ったとか、休日に家族で遊びに行ったとか聞かされ、とてもうらやましかった。

ピアノとかスイミングとか、みんな 習い事をしていて、私も友達と同じように習いたかった。

でも、母にそれを言うと、『うちにはお金がないから、無理』と何もかも我慢を強いられました。

大学にも行きたかったけど、『高校を出たら働いて、少しでも家にお金を入れてほしい』と言われ、大学進学も諦めました。

幼なじみや高校の友人たちは、みんな大学に行って、良い会社に入って、自分のお給料で旅行に行ったり、好きなものを買ったり、とても楽しそうでした。

なのに私は、高校卒業後、少ないお給料をほとんど家に入れていました。

誰も知らないような小さな会社に入り、それが恥ずかしくて、友達にさえ嘘をついていたんです。

大手商社に縁故で就職した……と。嘘に嘘を重ねて、夫も仕事で知り合った同じ商社の人だと、嘘をついていました。

本当は全然違うのに。それがばれてしまうのが怖くて、結婚式は挙げず、披露宴も開きませんでした。友人には、海外で身内だけで式を挙げたと言っていました。

人に負けたくない気持ちがとても大きくて、たくさん見栄も張りました。持ち物もブランド品。

夫のお給料だけでは足りないので、私もフルタイムで働き続けました。

そして子どもが2人生まれ、子育てをしながら思ったことは、「絶対に人には負けず、 良い生活をしてもらいたい」ということでした。

だから無理をして、スイミングと柔道を習わせて、塾にも通わせて、私立の小学校へと進学させました。

私が子どものときに叶わなかった、できなかったことを、すべて子どもにさせようとしていたんです。

でも、もしかして、子どもはそんなことを望んではいなかったのでしょうか?

私の期待に応えようとしていただけなのでしょうか?

苦しかったのでしょうか?

息子が言っている『アイスクリーム』ですが、スイミングスクールがある駅前にあったアイスクリーム店のことです。

会社帰り、息子をスイミングに迎えに行ったあと、いつもその店に立ち寄って、息子と一緒にアイスを食べました。

『おいしいね』っ て言いながら。

そんなことが、息子にとって一番嬉しかったことだったなんて……。

私は、どれだけ、今まで息子の心に関わっていなかったのでしょう。

息子は死を選んだのではなく、私に振り向いてほしかったのですね。

自分の心の寂しさをわかってほしくて、私の気を引きたくて、それがあんなことになってしまったなんて……」

 

美香さんは、肩を震わせて泣き続けていました。

 

美香さん自身、子ども時代、多くのことを我慢して過ごしてきたのです。

本当は習い事もしたかったし、何よりも、親と一緒に思い出作りをしたかったのです。

それは、些細なことでもよかったはずです。

でも、それが得られなかったため、未完了の気持ちが大人になった今でも残り続けてしまい、自分が親となったときに、自分が未完了のままになっていることを我が子に投影して達成しようと、無意識に行動に移してしまっていたのです。

しかし、一番大切なことが抜けてしまっていました。

 

それは「共感する気持ち」です。

親子の関わりを通して、共に、嬉しさや喜び、悲しみなどを共感する気持ちが足りなかったのです。

 

愛すべき人との大切な思い出は、生きる力を与えてくれる

子どもは、いつもお母さんとの関わりを求めています。

核家族で、夫婦共働きとなる家庭が多い今の世の中、どうしても家事や子育ての負担は母親に大きくかかるため、ストレスを抱える方がとても多く、それに比例して、寂しさを抱える子どもたちも増えています。

仕事、家事、子育ての負担が女性だけに多くかかると、当然のことながら、心に余裕がなくなります。

すると、子どもとの関わりが、「忙しさ」を理由に持てなくなるのです。

今の世の中、自由にモノが手に入りやすくなりました。しかし、モノを手にすることができても、それだけで心が満たされることはありません。

心が満たされるには、何よりもお母さんとの関わりが大切です。

心が満たされずにいると、お母さんの気を引きたくて、子どもはいろいろなことを考え出します。

反発したり、問題行動を起こしたり……。

今回の正明君の行動も、お母さんの気を引きたかっただけの行為だったのに、

取り返しのつかない結果へと急展開してしまいました。

この「現世」という世界は、生きにくさを感じたり、つらいことがあったり、自分に肯定感を持てなかったりと、たくさん苦しい思いをしている人も多いと思います。

でも、そんなとき、ほんのひとときでも家族との愛すべきシーンの記憶があれば、私たちの心は救われます。

生きる力が湧いてきて、つらいことも乗り越えられるのです。

「愛」は生きる燃料(エネルギー)なのです。

お母さんと共感した記憶は、一生涯にわたって、心の安定剤になる

心の中のアルバムには、良き思い出が「一枚の写真」として大切に保管されています。

その心のアルバムは、それぞれの時代の美しい情景として、大人になっても心に残り続けています。

私たち大人が、普段の生活の中で当たり前と思っている些細なことでも、子どもからすれば、とても嬉しく思うこともたくさんあります。

当たり前に思っている出来事でも、子どもにとっては大切な思い出なのです。

 

運動会でお母さんと一緒にお弁当を食べたこと、

サッカーの試合で負けて大泣きしたとき、お母さんが励ましてくれたこと。

一緒に「おいしいね」と、ケーキを分け合って食べたこと。

幼稚園のお遊戯会で、お母さんが夢中でビデオを撮ってくれたこと。

「頑張ったね」

「おいしいね」

「綺麗だね」

こうした一緒に共感できる関わりこそが、何よりも子どもの心に大切な思い出として残っていくものです。

お母さんと共有、共感した時間や経験の思い出は、「守られている感」という、 子どもの心の安定剤になってくれます。

些細なことであっても、「共感」した記憶が心の安定を支えてくれます。

でも、それらがないと、子どもは、どこに拠り所を求めていくのでしょう?

心が安心感に満たされているからこそ、苦難を乗り越えて生きていけるはずが、

この安心感がないため、生きにくさを感じ、自分の生きる価値さえ否定し、結果、この世から消えてしまいたい衝動に駆られることにさえつながるケースも多々あるのです。

我が子が大人になったとき、さまざまな経験の思い出が生きることを肯定する大きな力になってくれるように、

普段の生活の中の些細なことでも、子どもとの関わりを大切にしてみましょう。

その思い出は、大人になってから、決してお金で買うことのできないものです。

親子の心の関わりの中だけで生み出されるものです。

 

正明君も、もっとたくさんお母さんとの共感を得たいと思っていたのでしょう。

お母さんとアイスクリームを食べたときのように……。

美香さんは、大切なことに気づいたとお話しされていました。

普段の生活の中での一つひとつの子どもとの関わりがどんなに大切なことか、それをマー君が教えてくれたのだと。

下の子どもに同じことを繰り返さないように、これからは子どもとの心の関わりを大切にしていくことを決意されていました。

「今日、あの店のアイスクリームを買って帰ります。家に戻ったら、もう一度、マー君と一緒に、『おいしいね』って食べようと思います」

美香さんは、そう言ってカウンセリングルームを後にしました。

現在、美香さんはフルタイムの仕事を辞めて、ボランティアで、子育てに行き詰まった母親たちの相談員として、命の大切さと親子の関わり方を伝えているそうです。

 

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